今回、日本の会計人に登場していただいた税理士の蛤谷国男先生(59)は、東京税理士会の推薦枠でこの4月から週2回、筑波大大学院の夜間講座「租税に関する税理士補佐人制度」を受講されています。還暦を前に、2年越し3度目の挑戦でようやく念願がかなったとか。すごいガッツです。でも、物腰はあくまで自然体、気負いは感じられません。まさに大人の風格です。JR秋葉原駅から5分ほどの事務所をお訪ねし、"学び続ける意義"について伺いました。
とても楽しいですよ。宿題なんかもありましてね、何十年かぶりで学生気分を満喫しています。おかしかったのは、最初にレポートを提出した時、手書きは私だけだったことですね。普段、当然のようにパソコン使っているのに、なぜか「学校のレポートは手書き」って思いこんでいたようです。でも、周りを見回したら、他の人は全員、A4の用紙にプリンターできれいに印字したものを提出している。さすがにこれはまずいかなと思って、以後はレポートも発表用のレジュメもパソコンを使って作成するようにしています。
簡単にいうと、弁護士がついている税務訴訟に限って、裁判所の出廷許可を得なくとも税理士が補佐人として法廷で自由に陳述を行うことができるという制度で、2001年に創設されました。
税務訴訟というのは、税務署の対応や決定を不服とする納税者が、税務署長などを相手取って提訴するものですが、被告である国側には税法に詳しい訴訟の専門家が大勢ついています。それに対し、原告側のほうはどうかというと、残念ながら専門性という点に関しては大きな差があります。ご承知のように、弁護士も登録すれば「税理士資格」を取得できますが、だからといって税務訴訟の代理人を務める弁護士のすべてが税法や税務に精通しているわけではありません。どちらかと言えば、よくわからないという人のほうが多いのが実体です。これでは、いくら納税者が訴訟を起こしても、初めから不利な立場にたたざるを得ないわけです。このような不公平な状態をなくすのが税理士補佐人制度のねらいです。ただし、そのためには、税理士も裁判の仕組みや進め方をよく知っていなければなりません。だから勉強が必要なわけです。
民事訴訟法や租税争訟手続といったものが中心ですが、実際にあった経済事件や訴訟例を教材として具体的に分析検証していくという、非常に実践的な内容になっています。例えば何年か前に、某大手消費者金融の社長親子が外国に住所を移して約1000億円という巨額な贈与税を脱税したという事件がありました。香港などに現地法人を作って、株の形で贈与したものでしたけれど、本人はちょくちょく日本にもどってきている。それで、裁判ではどちらが本拠地かが争われたのですが、こうした事例がそのまま講義のテーマやレポートの課題になるわけです。
そうなんです。ですから、この種の事件を考える時は、国境を越えるお金の流れや企業に国籍はあるのかないのかといった問題、さらには経営と所有の分離、労使関係などさまざまな要素を関連する法律と照合しながら、総合的に検討する必要があります。
そこで授業では、税理士としての専門知識や実務経験、社会常識などを総動員して、自分なりに論理を組み立てて結論を出し、最後にそれを実際の判例と比較してみるわけです。そうすると、自分の下した判断と判例との違い、距離感のようなものが実によくわかるんですね。これは大きな収穫でした。
ええ、そう思います。なにより税理士が法律に強くなれば、それだけクライアントの力になれるということですから。私の事務所のクライアントは、先代の所長のころからのつながりで、御徒町の宝飾業者さんが多いんですが、お付き合いが長いこともあって税務以外にもいろんな相談がもちこまれます。つい先だっても、取引先が倒産したという社長さんから「管財人だという弁護士から何かよく意味のわかんない文書が送られてきたんだけれど、どうしたらいい?」と問い合わせがありました。この時は「ああ、それは放っておいていいでしょう」と答えましたが、倒産は破綻の状況や債権の額によって対応も変わってきます。場合によっては「争うなら信頼できる弁護士を紹介しますよ」とアドバイスするケースもあるわけです。いずれにしても、大事なことは、クライアントの不安を解消し、損失を最小限にくい止めることです。それが役に立つということだと思うんですね。どんな些細な問題でも、自信を持って答え、いい結果が出ると、ああ自分は役に立っていると単純にうれしくなります。結局、クライアントにとって役に立つ存在でありたいから勉強する……私にとって税理士の仕事とはその積み重ねかな。
高校生のころ数学が好きでしてね、そのせいか、昔から、理詰めでものを考えていく傾向が強かったような気がします。30代の半ばで税理士事務所に勤め始めた当時も、法人税のように論理的にすっきりしているものが肌に合うなと感じていました。ところが、だんだん歳をとるにつれて、少しずつ変わってきたような気がするんですね。たとえば、ここ十年、経済のグローバル化に伴い、連結会計の導入や時価主義評価など日本の会計制度は大きく変わりつつあります。国内の基準のほかに複数の国際ルールが混在し、税法が追いつかないといわれるほど会計の実体は複雑化しています。税法も一つの論理ですが、社会の変化にうまく対応しきれていないのではないか。こうした複雑な現実に対処するには、定理化された形式論理ではない別の論理が必要なのではないか…そのへんをきちんと考えてみたい。大学で勉強をし直そうと思ったのはそのためです。
●事務所
蛤谷会計事務所
●所長
蛤谷国男
●所属
東京税理士会 神田支部
●所在地
東京都台東区台東4-14-1 峰マンション101
●電話
03-5826-4745